そのとたん、急にももちゃんの目から涙が溢れだしました。ももちゃんは、もうひとくち、もうひとくちと泣きながらおにぎりをかじりました。泣きながらかじるおにぎりに味などありません。おにぎりの塩味なのか涙のしょっぱさなのかさえくべつがつかないものです。飲み込む時ののどの痛みだけが、ももちゃんに感覚を与えているようでした。
(どうして、お家に帰らないのだろう?どうして?どうして?…)ももちゃんの頭の中を、この言葉だけがグルグルと駆け巡ります。どのくらい考えたのでしょう。幼いももちゃんに一つの答えが浮かびました。
(私が、『お父さんが好き』って言ったから。私だけが『お父さんが好き』って言ったから。だから私だけ帰れない。『お父さんが好き』って言ったから。『お父さんが好き』って言ったから…)
眠ってしまったももちゃんの手から、おにぎりがぽろりと落ちました。
あれから20年の時が流れ、ももちゃんはお母さんになりました。ももちゃんは、可愛い男の子におにぎりを作ります。それは、温かくてやさしいおにぎり。
そして、ももちゃんはこの質問だけは決してしません。
『お父さんとお母さんのどちらが好き?』