そして翌新年期第三日―\r
リク=ウル=カルンダハラは単身この前のバーがあったテナントの前に来ていた。
既にそこは閉められたシャッターに黄テープが至る所に貼られ、更には鎖を通した幾つもの手持ちポールが立てられて、完全に封鎖されている。
船内警備の名ばかりの検証は、寧ろあの凶行を揉み消す方に働き、反面、清掃業者の作業は徹底を極め、その仕上げをしていまい、もう中身は完全に空になってしまったそうだ。
それでも殺害された二人を同情する人心の動きは水面下では確実に広がり、そこには壇が置かれ、夥い花束で飾られている。
リクは買ってきたコスモスの一束を両手で持ってその前に立った。
様々な色乱れ咲く横長の山に新たに白い数輪が載せられてほんの少し厚みと弔意が加えられた。
そして少年は短く黙祷した。
(何も…出来なかった)
瞼の裏の暗闇にあの時の閃光と二人の惨殺体の姿が浮かぶ。
祖国の威光も受けた教練も肩書きも、彼等を助ける役には立たなかった。
否。
はっきり言ってしまえば、突然の事態に戸惑い、ただ傍観するしかなかった自分の弱さが半ば見殺しにしてしまったのだ。
全てが自分のせいではないだろう。
だが、何か出来た筈だ。
その気持ちは少年をして少なからぬ自責と後悔に苛まし続けているのだ、そう、あの日以来―\r
思えば最外縁に着いてから初めてだったろう。
観戦武官がこんな気持ちを抱いたのは。
否、より正確には彼が公職コースに入ってからだ。
今まで良くも悪くも少年は、自分の好悪・損得だけで行動して来たし、またそれで許されて来た。
倫理とか規範とかは飽くまでその延長線上で考えるべき事だった。
ある意味徹底した現実主義はリクに年不相応のバランス感覚と状況判断力を保障して来たし、これはこれで美徳であったろう。
しかし、これ以上無辜の犠牲を見過ごす訳には行かない―おぼろ気ながらもそう言う気持ちが湧き始めて来たのだ。
『お知り合いでしたか?』
清澄さに満ちた声に気付いて視線だけを右に向けると、自分の捧げたコスモスの隣に赤いリボンで束ねられた山茶花が手向けられていた。
その主に顔を向けると、自分よりやや小柄な娘がこちらに笑顔を見せて来ていた。
『ああ、いえ…たまたま現場に居合わせた物ですから』
敬礼してからリクは答えた。