『そう言えば、戦争中なのよね』
食事が終わって店を出た二人は、辺りをぶらぶらしていた。
『まだ回避の余地がある』
歩きながらふとこんな事を尋ねて来たマエリーに、リクは前を向いたまま口を開いた。
『…と、信じたいんだけど…』
『やっぱり、闘うのは嫌?』
『どちらも決戦の構えですからね…止めろって言って止めれる物でもなし』
軍事大国の星民らしからぬ意見の次に、観戦武官は軽い溜め息を付け加えた。
すると、その様子が余程面白かったのか、伯爵公女はまた声をたてて笑った。
『分からない物よね?庶民よりもつんつるてん着てる太子党と、戦争嫌いの共和国宙邦軍人さんなんて。やっぱり銀河は広いわ』
意図せずして、再びバー跡の前にまで彼等は戻って来てしまった。
さっきとは違って数多くの男女がプラカードを手に集会を開き、花束で一杯の壇では演説がぶち上げられていた。
今ここでマエリーがその身分を証せば、即座にリンチされかねない―そんな殺気ばしった雰囲気が一帯に漲っていた。
マエリーは半ば異様なその様子を少し離れた辺から眺めてから、
『今日は楽しかったわ』
『いえ、こちらこそ』
『今度私が貴方の国に行ったら、又会いましょうね』
そう言って彼女は自分の首に両手を懸けて、ネックレスを外した。
『その時には、これを持って来ればすぐ分かるわ。約束しましょう?』
金糸を通した黒翡翠のペンダントをリクに差し出したのだ。
『これは…高そうじゃないですか?』
かなり的外れな躊躇いを示す少年の手に彼女はそれを押し込みながら、
『だったら私にも何か頂戴よ。それで釣り合うでしょう?』
それを聞いて仕方なく黒翡翠を握ったリクは、自分の上衣から真紅の外帯を外した。
『良いの?これ貰って?』
『代わりは…有りますから』
手渡されたマエリーは実に嬉しそうだった。
『綺麗ね!じゃあ大切にするわ。今度会うまでにね』
そうして程なくして伯爵公女は別れを告げた。
二0M程向こうに歩いてから、今だそこに留まって見送る少年に、彼女は振り向き、大きく両手を振ってから、通路を曲がって姿を消した。
(こんな人もいるのか…)
リクはネックレスと驚きを握り締めながら、しばらくそこから動こうとはしなかった。