「……」
航は言葉を失った。
「航くん。私のどこがいいの?」
優希は、聞いてみたかった。
ろくに会った事がないのに軽々しく、かわいいからなどと言い寄って来る男達を今までに何人もみて来た。そういう男に騙された事もあった。
航に対しても、そのような疑惑を持たずにいられなかったのだ。
「優希さんの、人に弱い所を見せない、凛とした姿が好きです。」
「えっ…?」
優希は、全く心当たりがない訳ではなかった。
「俺、中学入学してからずっと、朝ジョギングしてて、桜公園で優希さん見てた。」
「……うん。」
優希は、夏にテニス部を引退するまで、毎朝、朝練前にジョギングをしていた。
いつも、決まったコースを走り、公園の池のほとりのベンチで休憩していた。
試合に負けた次の日や、失恋した日、嫌なことがあった時、早朝の誰もいない池のほとりで、涙を流した事が何度もあった。
人前では、絶対に泣かない。
それは、優希が中学生の頃から貫き通しているポリシーだった。
「…ごめん。航くん。今日は帰る。」
「えっ。ちょっ…、優希さん!?」
優希は、方向を変えて、駅に向かい歩きだした。
航は後を追う。
「優希さん、ごめん。俺、別に覗く気はなかったんだ。 ただ、毎日気になってしょうがなくて。」
優希は足を止める事なく歩き続ける。
「…うん。」
「怒ってる?」
「ううん。違う。」
「優希さん!」
航は優希の腕を掴んだ。
やっと優希は足を止める。
「ごめん。航くん。私、めちゃくちゃ動揺してるの。だから、今日は帰らせて。」
優希の正直な気持ちだった。
誰も見ていないと思っていた、自分の弱い部分。
恥ずかしい。最悪。自己嫌悪。
どうしていいか、わからない。
「じゃあ、また、一緒に来てくれますか?」
「…うん。」
「必ず??うやむやにしない?」
「はい。」
「んじゃあ、今日は帰ります。都合がいい日、正希に言ってください。」
航は優希の腕を離した。
「わかった。」
優希は、先に駅へ向かった。
それから、優希が、正希に、航への伝言を頼む事は一切なかった。