電車のブレーキ音と共にスピードが減速してゆく。全く降りたことのない駅だった。ドアが開き、冷たい空気が車内に滑り込む。
僕は彼女を抱き抱えホームへ降り立った。試合の後の自分にはそれ相当の体力があるはずもなく、近くのベンチに彼女を座らせる事を最優先に考えた。とても小さな駅で、見渡す限りホームと線路があるだけ。直ぐさま辺りを見回し駅員さんを探し出す。こうゆう時に限って運というものは、一人でどこかにいってしまうものなのか。全く人の気配がない。「クソッ……」近くにあった自動販売機を蹴り飛ばす。革靴を掃いていた自分の足に激痛が走る。全く、自業自得である。
「っ……、は……はやく………しな……きゃ……」一瞬彼女がかわいらしく、弱々しい薄ら声でしゃべった。「えっ?」と聞き返してみるが、返事をする余裕すらないと言わんばかりに体をだるそうに崩している。
僕は我にかえり駅員さんを呼びに階段を駆け上がった。改札口付近にやっと人影を見つけすぐさま部屋の窓を叩く。慌てて飛び出して来たのは白髪の六十歳ほどの駅長だった。「どうしました!?」素っ頓狂な声をあげて駅長が叫ぶ。
状況説明もそこそこに駅長は落ち着いた対応で救急車を呼び、袋一杯に詰めた氷水を持ってホームへ走る。運動をしている自分をものともせず階段を駆け降りてゆく。汗だくになって元来た場所に戻ると彼女の額に袋を当て、腕の脈をとっていた。こんな時に何だが、自分に嫌気がさしたのは紛れも無い事実である。
5分後、到着した救急車で彼女は大きな総合病院へと搬送された。僕は駅長と並んでポカンとただ走り去ってゆく車を見守るしかなかった。「大変だったねぇ」やさしいおじいちゃんの声で気が付く。「えっ……いや、別に僕はなにも……」顔を赤らめながら照れる自分を隠そうと必死だった。「彼女をここまで運んで来たのも君、水をあげる等して適切な処置をしたのも君だ」
………こんなに褒められたのは何年ぶりだろうか。いや、今までにそんなことがあっただろうか。勉強も、部活も、友人関係も、恋愛も………なにもかもがいつも失敗に終わっていた自分にとって今世紀最大の嬉しさだった。しかしながら、ただ一人の人を自分の力で助けられたということが何ものにも変えがたい、一番の嬉しさだった。その日、僕はとても暖かな気持ちでいられたのだった。