彼女は決まって、いつも角砂糖をスプーンに乗せ、ゆっくりとコーヒーの中に沈めては上げ、どんどん角砂糖が崩れていく様子を冷たい目で見ていた。それを2回繰り返し、甘いチョコレートと一緒に甘いコーヒーを飲む。そして2口くらい口にするとメンソールに火をつけた。これも癖の一種だろう。
僕は今にも落ちそうなタバコの灰を気にしながら言った。
「仕事が県外に決まったよ。だから来週には行く。」
彼女はたばこの火を消しながら言った。
「そうなんだ。よかったね。頑張ってね。」
最後まで消されていないタバコの煙が小さく上がった。
彼女はおいしそうにコーヒーを飲んでいた。
「ついて来ないの?」少し強気で言ってみた。けれど彼女の目を見ることができず、チョコレートの包み紙で遊ぶ彼女の指先を見ていた。
「ついていかない」
いきなり耳に入って来た言葉は一瞬にして僕の頭の中で消えたような気がした。
就職してから1ヶ月、彼女からメールが来た。何の前ぶりもなかった。
【前付き合っていた人に背負わされた借金があるの。自分の落とし前は自分でつけます。24歳になったら迎えにきて欲しい。】
彼女が前に24歳で結婚したいと言っていたのを思い出した。涙が止まらなかった。彼女の愛も僕の愛も消えていなかった。角砂糖は消えないのだ。ちゃんとコーヒーに溶けて甘くなる。見えなくてもカップの中に存在するのだ。
僕は甘いコーヒーと甘いチョコレートを口にしてみたが、あまりの甘さにカップの中にはいた。「あまいな・・・」とつぶやいた。