春先だというのにこの暑さ、水分補給無しでは生きていけないとさえ感じたほどだ。
気温はなんと二十九度。
散歩の犬の舌も洗濯バサミでつままれた靴下の様。まるでやる気が見受けられない。
僕はその日、タオル片手に学校の周りをランニングしていた。
そこまではよかったのだ。あのダメダメ顧問が来るまでは。
「お前等のそのはしりは何なんだ!?もっとハキハキして走れよ!」っと言ってストップウォッチをにぎりしめている。
それを見ていた部員全員がこの暑さのなか凍りついた。
「一周5分!10セット!遅れて来た奴にはペナルティーとして連続もう一周!」
もうすでに部員は奴の顔も見ようともしない。
地獄の幕開けである。
いつもしっかりと外周をしている自分でさえ七周目でペナルティーを喰らった。
今までハイペースを保ってきた自分には余力が皆無に等しい。
奴は一度カウンセラーを受けた方がいいんじゃないかというような拷問っぷりである。
こちらが苦しんでいるというのにあちらは木陰でコーヒーブレイク。
『足がだるい……腕が重い……諦めちまおうか。そうだ、それがいい……一回怒鳴られれば済むことなんだから……』
薄れゆく意識の中でリタイアの事しか頭になかった。
内藤が遅れること3分のことだ。道端に人影が横たわっているのを見たのは。
気がつけば目の前には蛍光灯が不気味なほどぼやけて長く伸びている。
そっと目線を右にそらすと赤い服を着た小柄の女性が、座りながらこうべを垂れ下げている。すぐに母親だと気がついた。
「母さん!あれ………?」僕はパジャマ姿だった。時刻は5時を回っている。
「……ぅ……んあまり大きな声をださないでちょうだい。あら、やけに元気ね」
やけに元気ねじゃないだろ。それよりここは何処だ?
母親が察して答える。「救急車で運ばれてきたのよ。あのクソ佐藤のせいでね。」
母親とはよく気が合う。顧問に対しても自分のとの歯車がガッチリとかみ合った。
「軽度の熱中症らしいわよ。内藤君のお陰ね。」
神様仏様内藤様である。死ななくてよかった。
「んで何処の病院?」「救急車よ?総合病院に決まってるじゃない。」