小さな小さな、小高い丘と呼んだ方がしっくりくるような、そんな裏山。そのてっぺんに桜がいるのが、麓の農道の僕からでも見えた。
やけに甘ったるい風が吹いている。世間では入学進学就職と慌ただしい季節に、未だ田んぼが村の四割を占めるようなこの田舎町でも、どうやら少しは便乗したようだった。もちろん、それは僕が地元権力者の御曹司だったからかもしれないが、とにかく僕は一週間の間、鶯の鳴く声に耳を傾ける暇もなく右往左往しどおしだった。
一週間。僕にとってその期間は、陳腐な表現だが、まさしく地獄だった。両親はすぐに暇になると諭したが、そんなことを気にしている訳では無かった。欲しいのは明日の夏休みじゃなくて、今日の日曜日だった。
山道を駆け上る。たいした坂ではないが、全力で走るとひどく息が切れた。もちろん、そんなことは気にも止まらなかったが。
とうとう我慢の限界だった。堅苦しい儀礼の合間をこっりと抜け出して、僕は桜に会いにきた。門番のように叔母が立っていたが、この家を知り尽くしている僕の方が上手だった。農具倉庫に空いた穴から、僕は自由へと抜け出した。
視界がひらける。どこまでも、突き抜けるように高い空。風にそよぐ、青々とした草花たち。そして――
「桜!」
肩でぜいぜいと息をしながら、それでも精一杯の声で呼ぶと、桜は優しくその頭を揺らした。