「…日下部。」
彼女の名を、静かに呟く。
何故?
「日下部!」
彼女の名を、叫ぶ。焦っている。
何故?
「…日下部!!」
三度目。最大限の声量で叫ぶ。
俺に背を向ける彼女は、振り返らず離れて行く。
そして、突然消えた。
「…!?」
目を覚ますと、そこは俺の部屋。
動悸が治まらない。なんだ?今のは?
何故俺が日下部佳奈理を呼び続けるのか。
何故彼女は消えてしまうのか。
「…どーいう夢だよ、全く。」
らしくもなく、独り言を呟き、時計を見た。
午前八時。
「…やっべ!」
寝過ごしてしまった。
急いで支度をして、家を出る頃には、夢の事なんて忘れていた。
なんとか遅刻せずに学校には辿り着いた。
疲れた。何か摂取したい。具体的には糖分。
そういえば日下部が和菓子を奢ってくれる事になっていたな。
ちょっと話しづらいが、行ってみるか。
「よう。」
「ギリギリの登校お疲れ様です。」
日下部は笑顔で俺を見上げる。
「あ、今日は和菓子屋さんやってました、行きますか?」
「しかし、本当に奢ってくれるのか?」
奢りでなくても俺は行くぞ。
「はい、ただ今日は久々に二人で行動です。」
流石に二人分奢るお金はありません、と付け足した。
高崎美玖は、そんなに和菓子に執着心はないので行かないそうだ。
「せいぜい食べて肥えなさい。」
「俺は燃費が悪いんでな。長持ちしないんだ。」
「…嫌味だわ。」
そういえばミクはダイエット中だったか。たいして太くもないのに。
「…ヒロ、あんたカナちゃんの事気にかけてなさいよ。」
「ん?」
「昨日、コンビニ出た辺りからかしら。ちょっと様子が違ったから。」
俺の様子がおかしいなら分かるが、日下部が?
「気にかけろ、て言ったってなぁ?」
どうしろと言うのだ。
実際、日下部の様子はいつもと違わないように見える。
一日中、日下部の行動を見ていたが特に目立つことはなかった。
「でわでわ、行きましょうか。」
「だな。」
俺と日下部は並んで学校を出た。
本当に久々の二人行動だ。
「…。」
「…。」
今日は二人とも沈黙を続けている。
以前なら、日下部が無茶な発言をして、俺が咎めるといった会話が延々続いていた。
「…昨日の続き、話しましょうか。」
店へちょうど半分くらいの所で、日下部は口を開いた。
「私の日常の話。」