居眠り姫の起こし方

あこん  2007-05-07投稿
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夕日射す放課後の教室。
何もかもが朱く染まっている。壁も、天井も、机も。人でさえ。
窓際の机に伏して眠り込む少女は、まるで作り物のようにそこにある。
朱い世界の眠り姫。
要約すると、下校時刻まで眠り続ける娘。
「…他にやる事はないのか、お前は。」
鋭い目で、眠り姫を見下ろす男が一人。
朱の中でも黒を主張するその目は、斜視に三白眼を合わせ持つ、凶悪な造りをしている。
特に音を立てないようにでも無く、少女の机の側に寄る。
「全く、毎日毎日。」
少女を起こさんと、男は机に両手をつく。
眠り姫は、王子のキスによって目を覚ます。そう昔から決まっている。
だが、少女はどこかの国のお姫様ではないし、男もまた王子ではない。
だから、起こす手段がキスなわけがあるはずがない。
「ふん!」
男が少女の机を勢いよく前方に引っ張る。すると、支えを無くした少女はそのまま前に倒れ込んだ。
「いたいっ!?」
床に額を打ち付けた少女は、座り込んだまま涙目で男を見上げる。
「…もうちょっと優しく起こせないの?」
口をへの字にして不機嫌そうに少女は言う。「当社比三倍の優しさで起こしてる。」
「当社、てどこよ。」
「無論、我が家だ。」
兎も角、少女は立ち上がり男とともに教室を後にした。
王子ではない男の名は和真(かずま)。
お姫様ではない少女の名は由良(ゆら)。
どこにでもいる、只の高校2年生である。

「なぁ?」
学校から出た辺りで和真が口を開く。
「なにー?」
起き抜けの気怠さもそのままに、由良が聞き返す。
「寝てばっかじゃなくてよ、遊んだり、しないワケ?」
由良は半眼で和真を睨み、嘆息して繋げる。
「しないよ、これが趣味みたいなものだもの。」
「そんな一日中寝てなくったって。」
「寝た気がしないの、浅い眠りばっかりで…て、最初の頃にも同じ事話した気がするわよ?」
今度は呆れを含んだ視線を和真に送る。
「そうだけどよ、それでもやっぱり寝過ぎじゃないかな、と。」
「一日の大半を寝て過ごす生き物がいるくらいだもの、いいじゃない。」
由良は腕を高く挙げ、体を伸ばす。
「必要な時は起きてるもの、文句ないでしょ。」
「俺が起こしてるんだけどな、この一ヵ月半。その手間賃くらい文句聞けよ。」
「自分で起きろって言われたって無理よーん。」
眠り姫ならぬ居眠り姫は、和真に微笑んだ。

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