ヤス#48
アイの言葉に一瞬、愕然となったがヤスは母の言葉を信じた。
アイは魔物だ。魔物の言葉を信じる訳にはいかない。だが、心の奥に、アイの言葉が抜けないクサビのように突き刺さった。
ヤスが顔を横に向けると、アイの足が見えた。その足を辿って見上げ、目を見開いた。ヤスの顎がガクガクと震える。
目の前に立っているアイは、その美しかった顔の半分が崩れ、赤い口を開いていた。長い黒髪は束になって乱れ、蛇のように蠢いている。
辺りが暗闇になった。家の中なのに雨が降りだした。見回すと、何時の間にか草むらの上にいた。ヤスには見覚えがある草むらだった。今日、釣りをしたところに近い、山の裾野だ。
純子のねまきは濡れ、髪は乱れていた。風で千切れ飛んだ草が唇に張り付いた。純子はヤスが痛みを訴えるほど抱きしめている。
「お母さん!怖い!」
「私もよっ!私も怖いの!ヤス!勇気を出して!」
「うんっ!…サトリ!サトリ!助けてくれーっ!」
ヤスの呼びかけに呼応するかのように稲妻が落ちた。目も眩むような光の中、赤い龍が現れ、つんざくような声で一喝した。
「消えろ!アイ!」
瞬間。雨が止み、風も止んだ。サトリが現れ、親子に告げた。