少なからず場の空気は軽いものではない。見た目の印象とは異なり、彼女には悲しい過去が沢山ありそうだ。
自分で聞いた事ではあるが、話題を変えようと努力してみる。
「あの……医院長は今どこに?」「多分、患者の手術をしてるとこだと思う。長引くみたい」
そ、っといった感じに返事をした。
「いいよね……」突然彼女が声を出したので少しビクついてしまった。「何が?」「いろんなとこいったり、友達と遊んだり、自分で趣味をもってさ……」「…趣味?」
今の高校生にしては不似合いなことをいう。友達がいないということはさっき知ったばかりだが、ここまでこの人は孤立してしまっているのだろうか。
「持てばいいじゃん。趣味」初めて固い口調から抜け出してみた。少し抵抗があったが、案外サラっと言ってしまえばたいしたことはない。
「例えばどんな?」自分にはとても有り触れた話題の様に思えるが、僕の意に反してか、真剣な眼差しで僕をみつめている。
「例えば……何かスポーツをす…」「いや、身体動かすの怠いし、第一そんな時間ない」そういえば受験生だったか、と思い出す。横を見れば参考書の山、書き潰したヘロヘロのノートが散乱している。
「んじゃ勉強の合間に音楽でも聞くとか……」少し考えこんだあと興味を持ったのか、「音楽……」とボソッっと口を動かしたのが分かった。
「好きなアーティストを持つのは結構楽しいことだと思うけど」実は僕もしょっちゅう音楽を聞いている一人である。学校にウォークマンを持って来ては影でイアホンを耳に当て電源をOnにして自分の世界にひたるのだ。おかげさまで三回も没収を喰らったが……。
「誰がオススメ?」漫画でいうと調度、目にキラキラが入っている感じ。「いろいろだけど……僕が好きなのは『みかん』かな……」
『みかん』とはアコースティックギターとハーモニカがトレードマークの男二人組のユニット。なんともいえない二人の声がまたいい。中でも『永田町』はお気に。
「んじゃ借りて来てよ」当たり前の様に言われたので少しカチンときた。「まぁ……いいけど……」
「ハイコレ」といって手渡されたのは福沢諭吉の顔が印刷されている一枚の紙切れ。って一万円じゃねぇか!!っとツッコミたい程だった。
先が思いやられる……