『お前、自分の考えている事が分かっているのか!?』
遮音された高級士官専用・機密ブース群の一つで、今回クレオンから作戦案の概要―特にその戦法面を内々に伝えられた右総長が、聞いた途端絶句したまま肺腑が硬直してしまい、たっぷり一分弱呼吸が出来なくなる程のショックを喰らったのは、その指し示す所がどう考えても異常者の妄想その物だったからだ。
『お前等参謀共は何時もそうだな。絶対に砲弾が飛んで来ない場所から、前線で死んで行く兵士達を消耗部品扱いしやがって!お前等に取ってはたかが(戦死一)でもな。それは長年苦楽を共にして来た部下が、流された血と腸の上をのたうち回りながら死んで行く事を意味するんだ、俺の目の前でな!貴様等がああ、(負傷)だけで済んだ、良かったですねえと笑いながらシャンパン片手に優雅に一杯やってる時にな。そいつは再生不可とされた片手片足を焼き切られながら、苦痛に絶叫してるのかも知れないんだぞ!』
人間集団である以上、組織セクト同士の対立・角逐が存在するのはこの未開宙域に置いても例外ではなかった。
増してその中でも巨大さ複雑さで群を抜く機構を持つ統合宇宙軍ならば尚更と言うべきであった。
大本営の二大部局―幕僚部と作戦部とがこれまで長い争いの歴史を積み重ね続けて来たとしても、だから決して不思議ではなかった。
その目的・見解・思考・性質からして全く正反対だったのだから。
個人的にもレイモンド=フォア=ギニエールは、クレオン=パーセフォンが好きでは無かった。
優雅にして時として軟弱さをすら感じさせる物腰や立居振る舞いも一々気に障ったが、取り分けその発言や前歴に至っては、希有の知略の持主と認めているだけに、警戒心に満ちた消しがたい嫌悪感を抱いていたのだ。
だが、少なく共今回は私情や立場で右総長がここまで激怒を露にしたのではなかった。
『時空集約航法を使って敵艦列の前まで踊り出ろと!?出現位置が少しでも遠かったら滅多撃ちにされるし、近過ぎれば心中になる!!こんな馬鹿げた丁半博打を俺達にやれと言うのか!?』
一種のワープ技術を使って零距離奇襲攻撃をかけると言う構想は、用兵としては芸術的であり、成功すれば確かに大戦果を挙げれそうにも思える。
しかし、同時にほんの僅かな誤差が致命的な結果になるのもまた否定出来ない事実だったのだ。