ヤス#52
だが、言われたからといって大人しくしているヤスではない。
学校が引けると、その足で御床島に向かった。
ハヤトは連れて行かない。ハヤトは大事なこぶんだ。危険な目に合わせたくなかった。
今は小潮だ。大きい干満の差は生じないが、上手くいけば御床島に渡れるかもしれないと思ったのだ。
ヤスは島の裏に続く農道を急いだ。南竹を掻き分けて獣道を下りて行った。海岸に出た。膝まで浸かれば渡れそうだ。
ヤスは御床島に渡ると大声を出しながら歩いた。
「サトリ!サトリはいないか!…サトリ!」
ヤスはサトリの名を叫びながら秘密の漁場へ向かった。サトリと出会った場所だ。サトリを殺し、葬った場所でもある。
「サトリ!サトリはいないか!」
何の反応もない。
その場所についた。あの日、サトリが佇んでいた岩に登った。
「サトリ!サトリはいないか!…サトリ!」
「うるさいのぉ…ハナタレ」
高いところからサトリの声がした。ヤスは辺りを見上げた。すると、木の枝にサトリがちょこねんと座り、グミの実を食べていた。まるで、猿だ。
「おおっ!サトリ。いたのか」
「いちゃあわるいか。フオッ、フオッ。いっておくが、ワシは猿ではない」