『さて、後は私の仕事になりますかね』
雷鳴のように轟く声に続き、足元の巨大な甲羅がズシリと地響きを残しながら移動を始めていく。
「仕事って…?」
(津波を止めなくては
なりません。
港の沖合まで参りますよ)
「津波! そんなに大きな地震だったんですか?」
(愛さんの感情の振幅に比例してますから、なかなかのものですね)
「愛さん、ヒステリー起こすとチョー激しいから…。
これに懲りて、今後は改めた方がいいですよ?」
「う〜〜…」
大橋由紀江のやけに冷静な分析に、返す言葉もなく唸る私。
玄武のお爺ちゃんの声が、いつの間にか〈心話〉に変わっていた事すら気づかなかったのである。
(では、飛びますよ)
穏やかな思念と共にふわぁっと宙を漂う感覚が訪れ、目に飛びこんできた景色はといえば…
「ええええ〜〜っ!!渦潮よこれーっ!」
「…愛さん、叫ばなくても分かります」
瞬時に地面が大海原へと変じ、玄武の体を中心に巨大な渦巻きが発生しつつあったのだ。
(ぼちぼち見える頃合いですかね)
玄武の巨体に巻きついている白いヒゲを生やした大蛇が、遥か彼方を指差すようにチョンチョンと首を動かす。
遠方に水平線のように見えたものの正体を悟ったとたん、全身からサーッと血の気が引いていった。
「もしかして、……大津波って事?」
「うー…ん。 災厄を呼ぶ女ですね、愛さんて」
「大きなお世話よ!」
私達の不毛な会話の合間にも、玄武の周囲から次々に弾き出された巨大な渦潮が意思あるものの様に津波を襲い始めた。
そうして途切れる事なく繰り返される攻撃は、不吉な白い壁をズタズタに切り裂いていく。
(もう戻りますが、このまま現世に帰りますかね?)
すっかり波の静まった海を前に、普段と何ら変わらぬ調子の玄武。
「そ、……そうね」
「は、はいですぅ…」
私と由紀江は、あまりのスケールの雄大さにすっかり気を呑まれ、返事をするなりヘナヘナとその場にへたり込んでしまった。