『あっそうだ。五月(サツキ)、優くんのこと覚えてる?』
夕食を食べ終わったトキ、母が私に言った。なんとなく、聞いたことがある名前。少しずつ記憶をたどっていくと、優しい声が蘇ってきた。
『五月、泣かないで。
そうだ!僕、今θクッキーを持ってきたんだ。
でもそれは不思議なクッキーで願い事を言ってから食べると叶うんだよ。
ほら・・・。やってみて。』
私はその時、何を願ったのかは覚えていない。
確か泣いていて。
でも、なんで泣いていたのかも思い出せない。
ぼんやりとしていて、なぜか懐かしい記憶。
『うーん。なんとなく。』
そんなことを考えながら答えると、
『まぁ、無理もないかもね。
優くんは、五月が小2のトキ家の近所に住んでいた男の子よ。
まだ小6だったのに、しっかりしててねぇ。よく、五月と遊んでくれてたのよ。』
と母が言った。
私は大して興味を示さなかった。
でも、
『で、その優くんがどうしたの?』
次の母の言葉で、私の思いは複雑になる。
『五月の願いを叶えるために、日本へ帰って来るそうよ。
小さい頃、約束した事なんですって。』
思い出せない。
小さい頃の願い事。
何を約束したのかが。
でも、多分ぼんやりと記憶に残ってるあのクッキーに願い事をしたのだろう。
優くんからもらったクッキーに泣き泣き何を願ったのか。
私はいくら考えても、思い出せなかった。
それから一週間後。
私は高校生。
優くんは大学生。
とうとう再会のトキがきた。
『五月、優くんが星の公園で待っててねと伝えて下さいって言ってたわよ。』
緊張して慌ただしくしていた私に母が言った。
『行ってきなさい。』母は言った。
『いってきます。』
私は公園へ向かった。
公園に着くと、ベンチに座っていた人が私に近寄って来た。
『久しぶり。』
実際の優くんは私が想像していたよりもかっこいい。
『うん。』
少しの沈黙。
冷たい風が心地よい。『今θは願い事を叶えにきたんだ。』
彼が言った。
私は再会した瞬間に願い事を思い出していた。
あの不思議なクッキーは彼が外国に行くと聞いて泣いた私にくれた物。
『私、優くんがくれたクッキーに高校生になったら、恋人になって欲しいって願いをかけたんだよね。』
すると彼は私を抱き締めて囁いた。
『だから僕はその願いを叶えに来たんだよ。』と。
【それが私の恋の始まりだった。】