「登場頻度高いけど別にヒロインではない。」
開かれた扉を前にして呟く。
俺の名は片桐篤。今現在危機にあると言ってもいい。
「ほう、噂をすれば、か。」
ニヤニヤした目で俺と来訪者を見比べるのは久保匠。よく見れば隣りに座っている日下部佳奈理も同様の顔だ。
「あ、片桐見っけ。」
時計を見れば、なるほど、二年の講習が終わる頃だ。
扉の前に笑顔で立っているのは俺を半殺しにした過去を持つ、宇崎由良先輩なのであった。
…笑顔?
見た事が無い訳ではない。だが以前見たものは獰猛な笑顔だ。恐怖の象徴。
今回はかなりにこやかで、穏やかだ。
「はいはい、ちょっとごめんよ?」
由良先輩が急に俺の体をまさぐり出す。
久保と日下部がおぉ、と声を上げるが構ってる余裕もない。
「ちょ、由良先輩、なにを!?」
「あ、見っけた。」
と、俺のズボンのポケットに手を突っ込む。あ、危ない。そこから先は…。
「うーん、よかった。」
あとちょっと、という所で由良先輩は手を引っ込める。
なんだ?
「…鍵、ですか?」
小さい。自転車の鍵だろうか。
「こないだあんたのマウント取った時に入りこんだのね。」
そして鼻歌と共に去ろうとする。
「人の体触りまくって何も無しですか!?」
言ってくれればよかったのだ。鍵入り込んでないか、とか。
「…なんか言って欲しいの?」
と、扉の前で一思案。
数秒後、俺を指差して口を開いた。
「いい夢みろよ!」
宇崎由良は去っていった。なんだ、あの先輩は。
「おい片桐。」
惚けていると、久保が話しかけてきた。
「別に普通の、人が良さそうな人物ではないか。」
「そうですよ、出会った端から殴られる、なんて信じられません。」
日下部も付いてきた。ってかその辺もさっき聞いたのだろうか。
だが、俺も不審に思う。今まで俺を痛め付けていた由良先輩とは根本的に違っていた。
そんな時、脳裏にある言葉が甦る。
『寝不足な由良に近付かない事だな…だな…だな…。』
なぜかエコー付きで。
なるほど、そういうことか。
「む、すっきりしたような顔でどうした片桐?」
「おや、大して進展も無いまま、いい時間になってしまいましたよ。」
日下部に促されて時計を見ればもう昼過ぎだ。
「ならば、街で昼食を摂りつつ会議続行だな。いいか日下部?」
「暇ですから。」
そして、やはり俺は聞かれない。