ジンスはやっとの思いで家にたどり着いた。
戸を勢いよく開け、中へ飛び込む。
狭い家の中を見渡し、くまなく探したが、ジンナムがいる気配はなかった。
ジンスは歯噛みをした。
[どこ行ったんだよ・・・]ため息まじりに言った。
仕方なく家を出て、町の方へ歩きはじめた。
兄の行きそうな所を一人考えていると、寺の鉦が鳴った。はっとして辺りを見ますと、既に太陽は沈みかけていた。
ジンスは泣きたくなり、その場に崩れた。
今までこんな遅くまで兄が帰って来なかったことはなかった。
アボジもアボジだ。
一年近くも連絡をよこさないとは、どういうことだ?役所に捜索してくれと頼んでも、貧乏人の話は真に受けてくれない。[腐った行政だ・・・]
ジンナムがそういったのを覚えている。
アボジ(お父さん)が行方不明になってから兄弟二人で力を合わせて、頑張ってきた。
(それなのになぜだ?なぜ俺に心配をかけさせる?)力なく立ち上がり、家に向かって帰っていたところ、向こうから老人が歩いて来た。 すでに辺りが暗かったので顔がよく見えなかったが、歩き方で老人だとわかる。
顔のしわが数えられるくらい近くに来たとき、初めて誰かわかった。 いつも家の前を通る老人で、アボジがいたころから家の前を通っていたので、顔見知りぐらいにはなっていたが、たまたまアボジが行方不明ということを話してから何かと世話になった人だ。名前は聞いても教えてくれはかった。
老人がしわがれた声をだした。[ジンス、大変じゃ・・・。ジンナムが・・・ジンナムが・・・。]
ジンナムと聞いて動揺したが、平静をよそおって、
[落ち着いて下さい。兄さんがどうしたんですか?]老人は目に涙をうかべながらいった。
[日帝の奴らが仕事帰りのジンナムを有無を問わずトラックに放り込んじゃ・・・。たまたまそばで見ていたわしが止めに入ろうとすると、木刀で殴りかかってきたんじゃ・・・。
なんでも釜山に連れていったあと、人員不足を補うために日本へ強制連行するんじゃ・・・。]
老人はその場に崩れ落ち、[哀号(アイゴー)、哀号]と地面を拳で何度も叩いた。ジンスにとって老人の行動はどうでもよかった。
兄が日本へ連れていかれる、ジンスの頭の中にはその事しかなかった。
あまりの突然の出来事にジンスは、ただただその場に立ちすくしていた。