放課後、音楽室から聴こえてくるベートーベンのトルコ行進。
誰が弾いてるのか、物心がつく前からピアノを習ってる僕よりいくらかうまい。優しく暖かく、でも少しだけ独特のリズム。それがまた心地いい。
僕はいつも教室の窓際で、クラスメートが教室からいなくなっても座ったまま鳴り出すのを待っている。
そして何日も何週間もその曲は聴こえてきた。変わったリズムで、一度も間違わられることなく。
誰が弾いてるのか知りたい。でも知ってしまえばもう二度と聞けなくなってしまう気がする。それは予感よりも確かなもの。
でももう我慢ができない。 比較的短いその曲はもうすでに終わっている。いつまでも逃げていても仕方がない。明日確かめる。期待と恐怖にも似た感情を胸に。
鳴り始める時間を確認して、階段を昇る。
鳴り始めたのを確認して、音もなくドアをあけた。
ドアを開けた事、僕に気付かずに曲は弾かれ続けた。弾く彼女は僕が知る誰よりもピアノが似合い、誰よりも美しかった。茶色がかった肩までの髪がそれを余計に感じさせた。少しだけ病的に見える白さがたまらない。
そして弾き終わった彼女と目が合い、僕は恋に落ちたことを確認した。