「ね、あの人だよね。犯人」
彼女は言った。
「そうかもね」
僕は、あの人が犯人だとは思わなかったけれど、反論することで生じる色々なことが、すぐに想像できたので言わなかった。
「なに、違うって言うの?」
「そんなこと言ってないよ」
確かに僕はそんなこと言ってない。しかし彼女には全て筒抜けなのだ。
子供の頃は、僕が考えていることは僕のものだった。この頃は彼女のものにもなったりしているみたいだ。だけど、考えていることがわかるからといっても、恋人とかそういう関係というわけではない。
彼女は僕といわゆるサスペンス・ドラマというものを見ている。僕はこういった人間関係から生じる、色々厄介な問題が殺人という結果になる物語が好きではない。
しかし、彼女が見てしまうので、僕は従わないわけにはいかないのだ。
「なに、わけのわからないことを考えているの」
「殺人事件は好きじゃないよ」
「私だって、好きじゃない」彼女はふうと息をついた。「身の回りで事件がおきるのは嫌だよ。そんなの」
だったら見るなよ。こんな番組を、と僕は思ってしまう。
「いいの。これはフィクションだから」
やはり、思考が筒抜けになっているようだ。
顔に出るのだろうか。
部屋に母が入ってきた。
「何、独り言ぶつぶついっているの」