「暫く匠は出ない。」
暫くシリアス風味だから。
俺の名は片桐篤。好きという気持ちを探求する者。
「大袈裟か、これは。」
心の声に、声を発して応える。
が、嘘でもなく。
俺はベッドに横たわり、田辺和真先輩の言っていた事を反芻していた。
もう時刻は昼を過ぎている。
…さっき母親に買い物頼まれたしな。しょうがない、出てくるか。
いつまでも寝ている訳にもいかない。
ぼんやりと思いを巡らせながら、俺は家を後にする。
「おや片桐。」
玄関の扉を開けたそこには、軽く驚いた様子の宇崎由良先輩がいた。
「って、なんで家に戻るのよ。」
戻りますよ普通。
そういえば以前下校中に遭遇した事を思い出す。その後の事も思い出して身震いするが、トラウマの元はなるべくすぐに忘却に努めた。
「…いーから出てきなさい、お姉さんいじめたりしないから。」
扉の陰から見つめる俺の目がよほど怯えた様子だったのだろう。由良先輩は呆れた様子で手招く。
「…なんでこんなとこに?」
俺は多少びくつきながらも表に出る。
「今日は少し涼しいしね。散歩よ。」
「まるでタイミング図って俺んちの前にいたような気が。」
「偶然よ。あんたの家があそこなんてのも初めて知ったわ。」
「そっすか。じゃ。」
俺が話半分に買い物へ向かうと、由良先輩も付いてくる。
「…なんすか。人気の無い所まで誘導するつもりすか。」
「…一つ気になってんだけど、あんたあたしのこと通り魔かなんかだと勘違いしてない?」
「ばったり出会ったら人生諦めるだけです。」
「それを通り魔って言うんじゃないかしら。」
由良先輩は微妙そうな顔で言う。
睡眠不足では無いらしい。失礼な事言っても殴ってこないし。
「特に行き先も無い散歩だしね。なら誰か話し相手がいた方がいいじゃない?」
と、決して大きくはない胸を反らす。
「…俺はおつかいに行くだけですが。」
「今日は気分がいいし手伝ってあげよう。」
…えー。
「なんで嫌そうな顔する?」
ひび割れた笑顔。恐怖の対象。
「いえいえそんな!嬉しいですとも!」
なんて弱い俺。
「そうでしょうそうでしょう。あたしがいれば買い物なんかすぐ終わるわよ。」
すぐに笑顔になる。
まぁ可愛いし、嬉しいのは嘘ではない。
そして俺と由良先輩は近所のスーパーへ向かうのだった。