ヤス#60
「げっ!」
「ふふっ…だから、ヤスには物の怪が見えるのよ」
「…嘘だ」
「あら、どうして嘘だとわかるの?」
「ハハハ。母さんみたいな物の怪なんかいないよ」
「あら、どうして?ヤス、どうして?」
ヤスは閉口した。母の顔が目の前に迫っているのだ。甘い息がかげそうな距離まで母の顔が迫っていた。
ヤスは股間が膨らむのを感じて狼狽した。そして、顔を横に向き直した。
「母さん、耳掃除して…」
「はいはい」
「…奥…痛いよ」
「あ、ごめんね。ヤス…ねえ、ヤス」
「何?」
「あのね…」
「うん、何?母さん」
「ヤスにお話をする時がきたみたい…」
「話 ?」
「ええ…ヤスの秘密」
「俺の秘密?」
「そう…ヤス。母さんの話を聞いてくれる?」
「うん…ちゃんと聞くよ」
純子は遠くを見つめた。頭の中で話すべき事を整理しているかのようだ。
ヤスは純子を見上げながら、その美しい唇が動くのをじっと待った。
「あれはね…」
「うん…」
「あれは…夏だと言うのに、その日だけは暑くなかったの…お父さんと、おじいちゃんがいつものように漁に出ていった…」
純子は遠い過去を思い出すかのように、ゆっくりと話しだした。