恵一は倒した机を直しながら珠希を睨む。
ところが珠希はにこにこと笑顔で座っている。
恵一は珠希を睨みつつ、彼女が座る席へ自分の鞄を置きに行く。
変な行動は一切ない。そこは恵一の席だ。
不機嫌を装った恵一の顔を、珠希は笑って見上げる。
恵一は小さく手招きだけして、廊下へ向かう。
サインを理解したか珠希もふわふわとついて行く。
珠希が通る寸前に恵一は扉を閉めたが珠希は問題無くすり抜ける。
「…なんで人が通るのに閉めますかね。」
珠希はむくれていたが。
暫く歩いて、人気の無い所まで二人はやってきた。天気の良くない日に屋上に出ようと思う人間は少数だろう。
「さて、まず一つ。」
誰もいない事を確認して、恵一は振り返った。
「なんで俺のクラスにいる?」
珠希のクラスは隣りのはずである。
「恵一くんと一緒にいたい、て言ったじゃないですか。」
「…まぁいい。次、なんで先に来た?」
「…。」
珠希は黙って、拗ねるように恵一を見る。
「…だって、恵一くん、日村くんと仲良さげなんですもん。」
「…孝太に嫉妬か。」
と言うよりも男に。
恵一としては、流石に男は守備範囲外だったので微妙な心境である。
「えぇ、確かに日村くんで男の子です。ですが日村くんの目は恋するそれでした。」
「気色の悪い事を言うな!?」
(…孝太と話しにくくなる。)
珠希はと言えば、小声でぼそぼそと呟いている。
「…まさかライバルが男の子にもいたとは…これはきついですね。」
「ん?」
「いえ、なんでもないですよ?」
そして、二言三言会話をして教室に戻ったのだった。
『ねむたい』
授業中、恵一のノートに可愛らしい字でそんなことが書かれた。
無論、恵一の字ではない。
シャープペンが勝手に動いて書いている。
恵一には机に顎を乗せて眠たげにしている少女が見えているが。
恵一は珠希の手からペンを奪い、書く。
『ねれば?ホケンシツ』
保健室で寝てろ、との意味合いで書いたそれは、先程の文と共に勝手に動く消しゴムが消していく。
この二人はクラスの人間に見られたらどうするつもりだったのだろうか。
そんな無言の問答は一日中続いた。
とりあえず、恵一は翌日からペンを多めに持って来る事に決めた。