私は小さい頃から耳が良かった。どんな些細な音でもこの耳は拾ってくる。人が話す声、車のエンジン音、冷蔵庫を開け閉めする音、テレビ……それらがいっぺんに耳を通して頭に流れ込んでくる。それは私に休みを与えない。
唯一無音がくるのは眠りだけだった。
もう、この病院の白い天井を見ながら起きるのは12年目になるだろうか。広くも狭くもない、清潔感の漂う個室。医師と看護婦以外の訪問者などいない。親でさえ愛想をつかしてより着かなくなった。まぁその方が楽ではある。いきなりあのキーキー声で騒がれると、耳元で黒板を引っ掛かれた様に不快な音が脳を走る。
そんな私が匠さんと出会ったのはとある雑誌のインタビューだった。私は一応、突発性難聴という病気らしい。しかし、ここまで長引くのは異例だという。
そしてインタビューは静かに始まった。テープレコーダーにメモ用紙、赤いボールペンに気取らない服の男。
「今日はインタビューにご協力頂きありがとうございます」
彼の声は無駄の無い音をしていた。医師に言われたのか小声で、むやみに音をたてない様にもしていた。
それにしても私の耳に雑音をすり抜けて通ってくる様な、いい声だ。