「幽霊ならなんでも許される、て訳じゃねぇぞ。」
何度目かの貞操の危機を味わった恵一は鮭の切り身を焼きながら、苦々しく呟く。
「だから違いますってー。」
その斜め上にふわふわと浮かんで恵一の視線から逃れる珠希。
「寝顔を見てただけですよ、早く目が覚めたんで。」
「…あれは近すぎだろう。」
あと数秒目覚めるのが遅ければ、何事かあっただろうと恵一は思う。
「とにかく夜這い禁止。」
「だから違うと。」
寝る時は盛り塩でもしようかと考える恵一だが、珠希に塩は通用するのかと同時に思う。
「タマ。」
「…はい?」
「前に嫌がってたけどな、お前も塩とかは嫌いなのか?」
「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ、私は流されませんよ!?」
珠希が恵一に詰め寄る。何やら困惑の表情で。
「…ん?やっぱ嫌か?」
「いや、塩もなんかやですけど、それより!」
珠希は一息吐いて、また吸う。大きな声を出す予備動作だ。
「タマ、て何ですかタマって!?」
「…聞いてのとおりお前の名前。」
「聞いてないですって!」
早起きして時間が余りある為に煮物を作る恵一。
「あぁ!?なに無視して家事ができるアピールをしちゃってるんですか!?」
恵一の周りを右往左往しながら喚く珠希。
(…こんだけ猫っぽいし、ぴったりだと思うんだがな。)
鍋に醤油を注いで、さらに透明なプラスチック製の箱を取り出す。
「あ、砂糖切れてる。上の棚から出してくれよ。」
珠希はぶつぶつと文句を続けながらも白い粒の詰まってずっしりとした袋を引っ張り出した。
「高枝鋏より便利だな、幽霊てのは。」
重たいのか、かなり集中しているらしい珠希から、袋を受け取る。
「…タマ、これ塩。ってか塩?」
袋詰めではあるが塩。
袋に大きく塩の文字。
「あ、ついうっかり。ってまたタマ言うし。」
「いや、塩と砂糖間違うなよ。じゃなくてお前塩持った?」
「はい、持ちましたね。タマ違いますけど。」
「あぁもう!いろんな話を平行に行うな!まずは塩!」
「あ、平気ですね。」
今更気付いたように手を叩く珠希。
「あと、お前は通称タマ。いいな?」
「よくないです。」
「そして塩と砂糖間違うな。いいか?」
「むー。」
不満そうな珠希は放っておいて、恵一は鍋に集中した。