時間をかけて作った料理というものは美味い。
恵一は朝食を摂った後、早起きした事を嬉しく思う。
「煮物は美味く出来たし、天気はいいし、こないだ安売りで買ってきた鮭も旨いし最高だ!」
そして何より、珠希を翻弄した事だし、と恵一は心の中で付け加える。
当の珠希は、十数分前に散歩に出ている。少々不貞腐れて。
恵一が学校に向かおうとした時に帰ってきた。
「お帰り、さっそくだが行くぞ。」
「はーい。」
珠希の機嫌はすっかり治っているようだった。
「幽霊ってあとは何が苦手なんだろうな。」
「…なんか嫌な事考えてます?」
半眼で疑う珠希。
「まさか。一応さ。」
素っ気なしに答える恵一。
「んと、にんにく?」
「吸血鬼ですよそれ。」
「じゃぁ銀の弾丸?」
「狼男、ですか?」
「塩を口に詰めて縫い合わせる、てのもあったな。」
「それ昔のゾンビですよね。」
「…詳しいな、タマ。」
「恵一くんこそ…。」恵一と珠希は一拍置いて、どちらともなく握手を交わす。
変な仲間意識が芽生えたようだ。
「ア・バオ・ア・クゥーってのがモデルだよな。」
「勝利の塔ですね。」
二人で盛り上がっていると、後ろから声が掛けられた。
「恵一、元々神話とか好きだったけど独り言まで出る程とは思わなかったよ。」
冷めた目に恵一だけを映すのは日村孝太。
「あ、えーっと、妖怪とかも好きだぞ?」
「…知ってるよ。」
呆れたように孝太は肩を竦める。
珠希が気合を入れているのを目の端で捉えながら、恵一は歩く事を孝太に促す。
「まぁ最近一番興味あるのは幽霊かな。」
「時期的にはもうちょっと後じゃない?」
「まぁ、不条理な幽霊もいるだろう、きっと。」
恵一が視線を横に向けると猫にケンカを売る珠希がいた。
「うん、多分いるわ。」
「なんか疲れたように聞こえるのは僕の気のせい?」
「…タマー、やめろー。」
恵一が言うと、珠希はこちらを向き、猫はどこかへ走り去る。
「…あの猫タマ、て言うの?」
「ん?多分な。」
タマという愛称は誤魔化すのに便利だと恵一は思った。
珠希はやはり気に入ってないようだが。
「…本当に日村くんとは仲良さげなんですから、もう。」
呟いた珠希の声は、恵一の耳にも入らなかった。