紗季の唇はなによりも柔らかく、時間を忘れさせた。
気付けば小1時間はたっていた。
それから僕は初めて紗季の手を握り、二人で家まで歩いて帰った。
そんな時だった。
「拓也、今日は拓也の大好きなメロンを買ってきたのよ」。
頭の奥で響いた。
なんだこの声は…
紗季には聞こえてないみたいだった。
僕は気にせず、紗季とくだらない話をしながら歩いた。
「母さんだめだよ、兄ちゃんはずっと寝てるんだから」
まただ…。一体なんだというんだ。
「健、お兄ちゃんはね、今は寝てるけど必ず目を覚ますわ。お母さんはそう信じてるの。だから健も、ちゃんと挨拶してあげて。」
「はーい。」
健は威勢良く返事をした。
「拓也兄ちゃん、はやく起きて退院してね。」
「えらかったわね。それにしても綺麗な顔して寝てるわね。意識不明なんて嘘みたい。きっと幸せな夢でもみてるんだわ。」
そういった母は少しだけ微笑んだ。