「あの…助けてもらって…ありがとうございます。」
由香の体は更衣室で起こった出来事のせいか、まだ小刻みに震えていた。
誰もいない教室。
窓から入る朝の日射しが銀色の青年をやさしく照らしている。
不思議と由香は、まだ1度しか逢ったことのないこの青年に、彩との思い出を話していた。
彩と高校に入って知り合った事。
同じ陸上部にいた事。
そして、彩がクラスメートのいじめを苦に学校の屋上から飛び降りた事…。
「彩は…ただ、教室に落書きするクラスメートに注意しただけなの。次の朝には彩のユニフォームがハサミで傷つけられてた。」
「あたしは彩みたいに、はっきり注意なんてできなかった。皆に煙たがられるのが恐くて、彩と一緒に教室の落書きを消すしかできなかった。」
そう、知っていたのに…。見ていたのに、助けも呼ばずにいた。
彩は陸上のインターハイメンバーに選ばれた事を何よりも喜んでいた。
インターハイの前日、クラスの数人にあの更衣室で暴行を受けて大切な脚を傷つけられた。
その傷は陸上競技を続けられなくなるほどのものだった。