「あれ?恵一くん出かけるんですか?」
珠希が散歩から帰ってくると、恵一が靴を履いている所だった。
「あ、あぁ。孝太に呼ばれてな。」
すぐ帰るから家にいろ、と言い残して恵一は出て行く。
「…あれ?日村くんって週末は田舎に行くとか言ってたような?」
数日前に恵一と話していた少年の顔を思い出す。
「…嘘吐いてまで何するつもりなんですかね?」
女の勘で、恵一に女の影があると判断し、家を飛び出そうとする珠希であったが、扉の前には予期せぬ来訪者がいたのだった。
(…まったく、らしくない。)
恵一は近所の商店街へやってきていた。
勿論日村孝太に呼び出された、というのは嘘である。
(俺がこんな、記念日を祝うような性格かってんだ。)
携帯を開いて、日付を見る。
(…もう、七月か。)
珠希の幽霊が恵一の前に訪れてから、明日でちょうど一ヶ月なのである。
別の言い方をするなら、今日は珠希が死んでから一ヶ月なのである。
「…やめた。」
声に出して暗い気持ちを追い払い、恵一は歩き出す。
出会って一ヶ月記念などと、痛いカップルのような真似をすることにしたのだ。
それもこれも、珠希と一緒になって見た昔の恋愛ドラマの影響なのだが。
「…指輪、ではないよな。」
一番最初に思い付いたのは指輪だった。ドラマでも指輪だったからだ。
だが、そんな特別な意味合いを持ちそうな物は避けたくもある。
(ケーキでも買って帰る…無いな。)
珠希は食べ物を食べれない。
いろいろと見て回り、結局、安物ではあるがペアの指輪にしたのだった。
(幽霊には不必要かもしれないが、珠希なら喜ぶだろ。)
自然と心を弾ませて、恵一は家へと帰る。
「タマー、帰ったぞー。」
返事が無い。只の屍では無いはずだ。というより屍は無いはずだ。
「珠希?」
部屋に入ると、珠希はいた。普段より顔色を悪くして座っている。
幽霊としては青褪めてるくらいでちょうど良さそうなものだが。
「なんだ、いるんじゃないか。」
恵一は珠希の正面に座る。
話を切り出そうとしたが。
「恵一くん。お話があります。」
珠希は常に無い真剣な声で言う。
指輪を取り出そうとした恵一の指が震えた。