…まだ、まだまだ話足りないのに。
伝えたい事が沢山あったはずなのに。
声が聞きたい。
話がしたい。
…会いたい。
日村孝太は、一人街中を歩いていた。
七月下旬、世間一般に言う夏休みである。中三の孝太もそれは例外ではない。
「よう日村。」
目的も無く歩く孝太に声が掛けられた。
振り返ると、一つ上の先輩であった。
「あっ、お久し振りです。」
彼が中学時代に、孝太はそれなりに親しかった。街中で会うのは予想外であったようだが。
「おぅ。…ん?一人か?」
彼は頭を掻きながら孝太の周囲を見回す。
「…小野瀬はどうした?いつもつるんでたろお前ら。」
「…恵一は…。」
小野瀬恵一は、七月始め頃から元気を無くし、生気すら感じられなくなる事もあった。
それでも学校をサボる事は無いようだが。
孝太はそんな事を彼に伝えた。
「…ふぅん、あいつにも鬱になる時があるんだな。」
「みたいですね。」
「…お、連れが呼んでるから行くわ。」
友人らしき男と合流した彼は少しウキウキした様子で駅方面へ歩いていった。
「…さて、僕も行こうかな。」
孝太は、行き先の決まっていない散歩を再開させた。
小さなアパートの一室。ワンルームの狭い部屋に置かれたベッドに恵一は体を預けていた。
およそ二か月前に出会い、およそ一か月前に離れざるを得なかった、幽霊の事を考えながら。
「…。」
相手は幽霊なのだから、死ねば会えるかとも思った。
だが、そこまでして会えたとしても、彼女は喜ばない気がしてやめた。むしろ怒られるかもしれない。
恵一は机の上にあるノートに手を伸ばす。
ここ最近、毎日眺めているノートだ。
彼女がよく開いていたのか癖が付いていて、あるページが開かれる。
『浮気者』
『オレは浮気なんかしねーよ』
書かれた文章を見て、その時の情景を思い出す。
丸っこい文字の主は、随分とヤキモチ妬きだった気がする。恵一の記憶には、男にも嫉妬していたか。
口許に微かに笑みをこぼして、恵一は立ち上がった。
まだまだ吹っ切れそうには無いが、ひとまず何か食事を摂らなければ死んでしまう。
彼女に怒られてしまう。
恵一は使い慣れた小さなキッチンに向かい、冷蔵庫を開いた。
冷風が当たる感覚は、彼女が触れる感覚に近かった。