なにやら豪勢になった昼食を終えた恵一は、やることもなく窓を見る。
彼女が消えていった窓だ。
「…。」
恵一が感慨に耽っていると、携帯が着信を知らせた。
「はい?」
相手が誰かも確認せずに、通話のボタンを押す。
聞こえてきたのは懐かしい声だった。
『恵一?』
「これは俺の携帯だ、他に誰が出るんだよ。」
相手は実家の母親だった。
「なした?」
『いやね、お隣りの坂下さん、覚えてる?』
「あぁ、覚えてるよ。幾つか年上の姉ちゃんがいる家だろ?」
恵一は小さな頃よく遊んでもらっていた記憶がある。
『そうそう、その牧江ちゃんがね、子供産んだのよ、今月。』
「へー、…は?」
『だから、坂下さんとこの、娘の牧江ちゃんが、赤ちゃん産んだのよ。』
「いつ!?」
『今月始め。』
「おせーよ!すぐ知らせろよ!知らない人でも無いんだから!」
今月始めにすぐ連絡されても行く気が湧かなかっただろうが。
「…はぁ、夏休みだしちょうどいい。帰るわ俺。」
『その言葉を待っていた。そして私に料理作って。』
「働け主婦。」
恵一は電話を切って、適当に準備する。そう遠くないので簡単でいい。
一通り準備を終えて、机の上を見ると、ノートと一緒に置かれた指輪を見つけた。
恵一がしている物と同じデザインで安価な物。
彼女に渡す事の出来なかった指輪だ。
「…。」
恵一は嘆息して、指輪をつまみ上げた。
そして、引き出しに入れてあった鎖のネックレスを取り出してトップの代わりに指輪を通して首に付けた。
特に理由もなく、衝動のようなものだ。
「…さて、行くか。」
鞄にノートも突っ込み、彼女と一か月過ごした部屋を出た。
電車に揺られ、緑が増えてきた辺りで降りる。
数か月振りかの帰郷である。
自転車で来ようと思えば来れる距離だが。
「しかし、あの牧江姉ちゃんに子供ねぇ。」
優しく笑ってくれた少女の顔を思い出しながら、道を歩く。緑が多いとは言え、流石に舗装されている。
「おぉ、流石郊外。」
大型ショッピングモールが視界が開けた所に現われた。
(…きっと冷蔵庫空っぽなんだろうな、あの親だし。)
食料品を買い込み、恵一は実家へと向かった。
母親の言いなりに料理をしてしまいそうな事に苛立ちつつ。