不変
変わらないこと。
変化しないこと。
冬子(トウコ)が居たときには見られなかった光景が、今、この町にはあった。
男は町を見渡せる唯一の丘に向かって、一歩一歩ゆっくりと急な坂を登っていた。
長年使っていなかった老朽化した自転車にはこの坂はキツすぎるため男は自転車を坂の下に置いてきていた。
坂の頂上には女が待っていた。顔立ちはしっかりしているのに目元はやけに寂しそうにうつむき加減だった。
日がほぼ落ちかけていたが、女は麦わら帽子を被っていた。
白いワンピース姿とよく合い、端から見ればまだ子供のようだ。
「冬子」
坂を登り、少し息切れしていたが、それでも嬉しさが呼び掛けた声から感じられた。
冬子と呼ばれた女は麦わら帽子をとると、男の方へ歩き出した。
「ナッちゃん」
男は名を直之(ナオユキ)といった。あだ名で冬子は呼び掛けた。
「どうですか、お仕事の方は」
直之はある程度の距離まで近づくと、冬子に話しかけた。
「順調ですよ」
やっぱりか、というような半分呆れた声で冬子は返事をした。
「そっちはどうですか?・・・なんか・・・痩せた?」
冬子は笑いながら不安を隠しつつ訊いた。
その返事は花火開始の10分前を報せるサイレンでかき消された。
いつの間にかすっかり暗くなっていた空には、星が輝き始めていた。
そして直之も返事をする気は無かったらしく、そそくさとシートを草原の上に敷き始めていた。冬子もまた、それを手伝った。
二人がこの街で離ればなれになったのは、まだ一年前の話だった。