「…暇だ。」
恵一は大学の構内で呟く。
もう五年も経っており、彼女の事は多少吹っ切れていた。
それでも指輪は外さないが。
「まぁ夏休みで講義も無いしね。」
隣りを歩いていた孝太が言う。
「そうなんだよ、しかもバイトも暫く入ってないし、暇でしょうがない。先輩から誘いとかないか、孝太?」
「ないねー。そうだ、こういう時は里帰りでもしたら?」
「…んー、ちょくちょく帰ってるからな、最近は。」
「じゃあどうする?」
「ん、いいや、帰る。」
恵一は、その足で実家へと向かうのだった。
実家に着くと、そこには幼い少女がいた。
「恵お兄ちゃん!」
タックル並の勢いで恵一に抱き付く。
「…母さん、いくら珠美が可愛いからって勝手に連れてくるのは。」
「誘拐なんかしない!欲しいなら合法的に連れてくる!」
恵一は母の言い分を無視して珠美に尋ねる。
「珠美、どうしてうちに?」
「あのね、恵お兄ちゃんが帰ってくるって聞いたから。」
「まぁそういう事よ。」
「牧江さん。」
陰から牧江が現われる。
「珠美が会う、て聞かなくて。」
「だってお兄ちゃん大好きだもん!」
珠美は恵一にがっしりと抱き付く。
「たまみはお兄ちゃんのお嫁さんだもん!」
「…珠美、その気持ちは嬉しいがな、お兄ちゃんの歳で珠美と結婚するには世間の目とか法律とか、障害がたくさんあってな。」
「誰が今しろ、て言ったのよ。そもそも、まだ娘をやるつもりはありません。」
言い切って、二人で笑う。
珠美だけはむっとした顔だったが。
「結婚するの!約束!」
食い下がる珠美に、恵一は笑う。そして、
「…よし、じゃあこれをやろう。」
ネックレスを外し、珠美の首にかけてやった。通してあるのは、勿論指輪。
「…いいの?恵ちゃん?」
「…うん、安物の玩具みたいなものだし。…そろそろ、ね。」
最後の呟きは誰にも聞き咎められなかった。
「恵お兄ちゃんとお揃いの指輪ー!」
珠美は嬉しそうに跳ね回る。
「待っててね、お兄ちゃん!たまみすぐに大人になるから!」
一瞬、その姿に何かが被さったが、恵一は頭を振って追い出す。
「…あぁ、待ってるよ。気長にな。」
その言葉は目の前の少女か、今はもう会えない彼女へか。
「…ロリコン。」
「違う!」
呟いた牧江に叫んで否定した。