彼女は、前を向いて目を閉じている。うっすらと、微笑んでいる。
僕は、そんな彼女を見ている。やがて、彼女が口を開いた。
「きれいな草原が見える。アタシは、たぶん草原に行きたがってるんだ。煉、連れていって」
僕は、目を閉じたままこちらを向いた彼女を、そっと抱きしめた。
「蘭、僕は君を草原に連れていくことはできない。ごめん」
彼女は、目を閉じたまま僕の方に顔を向け続けている。僕は、彼女を体から離し、額を彼女の頭に乗せた。そして、もう一度呟いた。
「ごめん…」
彼女の涙が、瞼を通じて僕の靴に落ちた。一筋の涙が、僕の瞳に映り、僕も一筋の涙を自分の靴に落とした。落ちた二人の涙は、ずっと消えないまま僕の靴に残るだろう。彼女は、もう、涙を落とさなかった。そして、目を閉じたまま、僕の唇にそっと、自分の唇を重ねた。
「煉、アタシはあなたの側には行けないの?」
僕は、彼女にわからないように頷いた。
「蘭、僕は心から君のことが好きだ。だから、君を僕が行く所に連れて行くわけにはいかないんだ。わかってくれる?」
彼女は微笑んで、僕に背を向けて、もとの場所に帰っていった。
「さよなら、蘭。僕は草原で君を待っているよ」そして、空気と共に僕は消えた。終