−−−カラスが、
恐ろしかった。−−−
漆黒の躯に、大きな翼。鋭い眼光を放ち、硬いくちばしと、肉をも引き裂く爪を持つ 鴉(カラス)。
一羽大空を舞う、
孤高の存在かと思えば、時に不気味なほどの、
黒い塊の群れと化す。
人間なんか気に留めず、自由にに遊歩するかと思えば、
時に牙を向けて、人に襲い掛かる。
気まぐれそうな、でも、凶暴性を持った存在。
そしてそれは、
畏怖の対象だった。
酷い云われようだけど、陰気な鳴き声で、墓場に群れるその姿は、まるで死神の遣いのよう。
不吉の鳥とも云われ、
子供だけではなく、大人でさえも恐怖と警戒心を抱いていただろう。
−−だから、僕も…、
カラスが怖かった…。
でも、さしてこちらから危害を加えなければ、
カラスは牙を向けてこない。
子供も、大きくなるうちにその存在に馴れてきて、日常に居る当たり前の存在となって、たいして怖がらなくなる。
−−−でも僕は、
そうじゃなかった。
子供の頃。
小学生2年生ぐらいの時に父が死んだ。
元々心臓が弱い人で、
心筋梗塞だったらしい。…急すぎる死だった。
そして、
火葬場での事だった。
その日は曇り空。
嫌なぐらいに灰色の空。確か僕は、泣いている母に手を引かれて、父が死んでしまったという実感の無いまま、空を見上げていたと思う。
そう…、カラスが飛び交っていた。
一羽のカラスが僕の近くへ舞い降りてきて、
僕はそのカラスと目が合った。
真っ黒でとても怖い目。
『カラスは死神の遣いで人の魂を盗るんだって』
学校でクラスメイトが、そんな話をしていたのを思い出して、僕は途端に目の前のこのカラスが恐ろしくなり、母の手を強く握った。
カラスは命を盗るんだ…
警戒するように、じっとカラスを睨みつける。
じぁ、お父さんが居なくなったのは、カラスが魂を盗ったから…?
だってほら、お母さんが、急な死だって…。
盗られたから?
だから死んでしまったの…?
つまり、殺されたの?
カラスは、
僕の命も盗るの?
−−−そう、
だから今、この目の前のカラスも…、
「僕を殺すのか…?」