『あんたが、女だったら良かったのに』
彼は不満げに呟いた。
はぁ、と疲れたような調子でため息をつく。
抑揚のついた澄んだ声色。
そして艶があって、冷たさを混じえた大人びた感じがして。僕は、怖さを覚えた。
−−それはまさしく、
あのカラスの声と酷似していた。
−−でもまさか…カラスが人になれるわけない。
それに、いつの間にそこに立ってたんだろう…?
疑問が疑問を呼び、段々僕は混乱してきた。
誰?と、口を開いて尋ねてみたけど、声は掠れて言葉にならなかった。
僕から少し離れた位置に立っていた彼は、何事かを逡巡した表情を見せた後、僕に近づいてきた。
そして僕の左脇に来ると、ゆっくりと腰を下ろし、片膝を立てて座った。
僕の右目を配慮してか、左側に来てくれたのは正直有り難かった。
が、それとこれとは別。
僕は警戒した眼差しを、彼に向ける。
そうしたら、自然と彼の双眸と視線が合った。
闇のように深い、漆黒の色の、冷たいあのカラスの瞳。
背筋がゾクッとした。
彼はいったい誰なんだ?
なんなんだ?
そして僕は、
少しの間、彼に目を奪われた。
黒紫という不思議な髪の色。
髪は無造作に耳が隠れる程度に伸びている。
それが背後の夕日に照らされて、透けているのがとても綺麗だと思った。
そしてその髪は、
精悍で整った顔立ちに、よく映えていた。
似合っている…。
体格も、細身でやせ型だけど貧弱そうでもない。
それに脚が長く、僕より背が高いと見えた。
この彼に、何処か妖艶めいた雰囲気を感じて、僕は見とれていた…。
なにより目だ…。
あの怖い瞳だけど、儚さがあって、妙に惹かれところがある。
それが、綺麗だった。
男に何思ってんだろ…。
とか、理性が恥ずかしみを感じているが、他の男の人でも綺麗だと感じると思えた。
なんだか視線を逸らして、うつむきたかったけど 、目が離せない…。
『まぁ、綺麗な顔だし…』
と彼は言って、にやりと妖しげに笑った。
そして僕は、次の瞬間、気付いたら地面に押し倒されていた…………?!