ヤス#95
【板前修行】
「おい!ヤス、ボヤッとしないで、早くジャガイモの為替を剥いてしまえ!」
「はいっ!健さん!」
木村健二。料亭・香月のチーフだ。見習いの板前が、ヤスを含めて七人いる。健さんはその板前達をまとめていた。調理服を着ているから堅気に見えるが、街で私服姿の健さんと会うと、ヤクザと見紛う程の風体をしている。怖い存在だった。三八歳と聞いている。
ヤスが店に入ってから5ヶ月が過ぎようとしていた。泰子は島に残った。泰子の一粒種である泰治も同じだ。上京する予定だったが、運良く島で仕事が見つかったのだ。
ヤスは、このまま何事も起こらなければ…と思っていた。好きな絵を描きながら輪廻転生した母を探し出す。
サトリは言った。必ず出会えると…。
平穏な日々が続いていた。
ヤスに与えられた仕事と言えば仕込みの下ごしらえと皿洗い。あとは店の掃除ばかりだった。
ヤスは真面目に務めていた。最初は厳しい店に来たものだと思ったが、皆、本音は思いやりがある。大将の香月泰三は勤勉なヤスを可愛いがった。女将の弘子も同様だった。我が子のように可愛がってくれていた。だが、仕事となれば別だ。