鎌倉であった話らしいです。
深夜に一台のタクシーが客を乗せた。髪の長い白い着物を着た女だった。
運転手は女をバックミラー越しに見て行き先を尋ねた。少し俯き加減に女が告げた行き先は山道を少し行ったところだった。
運転手は、少し変わっている客だとは思ったがタクシーに乗る客の中では大して珍しくないのでいつも通り車を発進させた。
しばらく車を走らせていると運転手は後ろから奇妙な視線を感じるようになった。
首筋がゾクゾクするような、そんな視線を。
運転手は、始め気のせいだと思っていたがチラリと見たバックミラーに息を飲んだ。
女は確かにこちらを見ていた。髪に隠れた顔の隙間から覗く真っ赤な目で。
運転手は段々と自分の鼓動の音が大きくなっていくのが分かった。
額にはまだ寒い季節であるのにも関わらず冷や汗をかいていた。
大分進んだところで、この先の山道は車では進めないと女に話すと女がかぼそい声で
「ここまでで結構です。」と答えたので客を降ろしドアを閉めた。
しかし、考えてみれば不思議なはなしだった。こんな山道に家があるのだろうか?
恐怖よりも興味が打ち勝って運転手は車をとめ女が歩いて行った方へと向かっていった。
家は確かにあった。
しかし人が住んでいるとはとても思えない荒れ果てた家で、ドアからは明かりももれていない。
男は恐る恐る鍵穴を覗いてみた。古風なこの大きな鍵穴からなら部屋の様子が見れるはずだ。
しかし、予想に反して鍵穴からの視界は部屋の様子など写してはくれず、そこには血のように真っ赤な世界が広がるばかりだった。
運転手は気まずさを残して車に戻った。
そして山を下る途中、ふと気付いた。
鍵穴から覗いた赤い世界はバックミラーに写っていた赤い目にそっくりだった。
まさか。
あの時女は鍵穴を覗いていたのではないか。
そんなことはないと運転手は自分の想像をすぐに打ち消した。しかし鍵穴の赤い世界が規則的に黒くなっていたことを思い出した時、息が苦しくなった。女はあの時まばたきを繰り返していたのでは。。。。
運転手がバックミラーをもう一度確かめることはなかった。
女がまだ自分を覗いているという感覚を拭い去ることが出来なかったから。