記憶の糸は梅雨の日の蚊の軌道で僕の前を通り過ぎる。本当に思いだせない。
散々時間をかけたあげく思い出せないので、最初から覚えていなかったのだと諦めた。
今から書くことは6年も前のことだ。
記憶が失われるのにも、出来事を冷静に見つめるのにも十分な時間である。
人が変わるにも十分な時間であるはずなのに。
初めての神奈川は雨だった。今の友達には「小学生の時は横浜に住んでたんだぜ。」といっている。しかし本当は小学二年生から五年生までの話だ。また実際には茅ヶ崎に住んでいたのだが、茅ヶ崎は知名度が低いため、横浜ということにしている。湘南といえば伝わるのだが、何故か暴走族を連想させるようで不快だった。
茅ヶ崎は良いところだった。海が綺麗で好きだった。
だから、父の青森への転勤の話を受け入れるのには、父が転勤して三ヶ月を要した。
青森への引越しの日も雨だった。雨は前の日の僕の涙を涙で洗い流すかのように激しく降りてきた。
飛行機が飛ばないのではと心配したが、問題なく飛ぶようだった。
僕の不安は人の目を気にしたもので、解消されると僕の心に黒いものを残した。