ヤス#97
ヤスは刺身包丁の腹を指の腹で確かめると、寸分の狂いもなく見事に切り分け、皿に盛った。
「出来ました」
「はっはっは!ヤス。何故、魚が扱える事を言わなかったんだ」
「そうよ。やっちゃん。見事な包丁さばきよ」
「確かに…ヤス。参ったよ」
「いえ…聞かれなかったもので…それに、皿洗いから始まるものだと聞いていましたから、余計な事かと…」
「健。今日からヤスを板場に入れるぞ。文句は無いな」
「ヘイ。有りません」
一番喜んだのは、女将の弘子だった。親友である泰子からヤスを預かっている。弘子としては鼻が高い思いだった。
「やっちゃん。ちょっときなさい」
女将がヤスを座敷に呼んだ。
「はい、これ」
「これは…?」
「いいから、早くしまって」
女将は封筒をヤスに押しつけると、腰を揺らしながら奥の部屋に消えていった。
健さんが呼んでいる。ヤスは封筒をズボンのポケットに押し込むと健さんのもとに行った。
「健さん…何か?」
「ヤス、お前、何者だ?」
「はっ?」
「どこで修行した」
「だから、漁師だって…」
「嘘つけ。確かに漁師なら魚は捌ける。だがな、漁師は、あんなに繊細には捌かないんだよ」
「ああ、そういうことですか」