ヤス#98
｢そういうことだ｣
｢調理を教わったのは母からです｣
｢本当にそうなのか?｣
｢はい。健さんに嘘は言いません｣
健さんに嘘は言わない…と言われ、健は機嫌が良くなった。
｢そうか、そうか。大したものだよ。じゃあ、後は何が出来る？｣
｢いえ…魚を捌くだけです｣
｢そういうことか。納得したよ。じゃあ、今日から俺が仕込んでやる。有り難く思えよ｣
｢はい！健さん。ご指導お願いします！｣
ヤスは魚料理ならある程度は出来る自信があったが、健さんの機嫌を損ねると仕事がし辛くなる。あえて何も出来ないと言った。
ヤスは皿洗いから一気に板場に昇格した。しかも、女将の提案でカウンターの前にマナ板を貰った。
カウンター席には常連客が座る。女将にすれば、ルーキーの御披露目のつもりだった。
開店の時間になると、のれんを何時もの様に出す。
ボチボチ客が入ってきた。
ヤスの目の前に、品格のある五十代の夫婦が座った。ヤスはその夫婦を、何時も洗い場から見て名前も覚えていた。
｢いらっしゃいませ。田中様｣
驚いたのは田中夫婦だった。目の前のハンサムな若者に見覚えが無い。女将が小躍りして喜んだ。
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