ぬえ?
氷川勇斗の資料は正確だった。
その本には帝都はおろか、日本全域にわたろうかという程の妖怪の考察が事細かに記されていたのだ。しかし、何よりも竜助を驚かせたのはその考察の一つ一つがまるで見て来たかのように生々しく記録されていたことだった。
竜助は思わず目的を忘れ読み進んだ。
半分程進めた時だっただろうか。
「あった…ぬえの項目…」
竜助は遂にぬえの項目を見つけた。そこには他のどの資料にも載っていなかった事すら書いてあったのだ。
「成る程ね…」
竜助は本を閉じるとそれを懐にしまい、立ち上がった。
「ちょっと厄介だけど…やれるだけの事はしようか…」
彼は誰に言うでもなくポツリと呟いた。
太陽が沈み、静かな夜がやってきた。
月光が全てのモノを僅かに照らし、小さな影をつくる。
影は無数に集まり、やがて重なるように固まった。影は見たことも無いような化物へ変貌していた。まさに、ぬえ。
「…やっとわかりました…あなたの正体が…」
闇の中からもう一人姿を現した。
氷川竜助だった。彼は何故か背中に数本の竹を持ち、泥だらけの顔でぬえを睨みつけた。
ぬえは竜助の姿を見るなり駆け出し、その強靭な腕を彼に叩きつけた。
竜助は飛び上がると空中で清姫を組み立て、背後に廻った。ぬえの蛇尾が竜助に襲いかかった。
「ふん!」
清姫の刃が舞い、蛇尾が斬り裂かれた。しかし、尾は再びくっつくと何事もなかったかのようにもとに戻った。
「可王の言ったことは正しいみたいですね…」
竜助は背中の竹を取り出すと勢いよくぬえの影に叩きつけた。
ぬえは先程とは打って変わって、絶叫を上げた。影からどす黒い血液が溢れだした。
「どうですか…一鎌の矢の威力は…ただ、時間が無くて加工する事は出来ませんでしたが…」