ヤス#105
「あんなに凄い絵を描く人が絵の具の事を全く知らないなんて、私の方が驚いたわ…でも」
「でも…何ですか?」
「やっと名前で呼んでくれたのね」
「あ、はい。お嬢さん」「もうっ!わざと言っているでしょう!」
「はい。恭子さん」
「ふふっ。やっちゃんとは仲良くなれそうだわね」
「そうですね。ヨロシク」
ヤスは福岡に来てから、キバを隠し続けている。おとなしく、生真面目で謙虚。そして、仕事も出来る。誰もがそう思っている。
街で恭子達と出会ってから、何かと恭子が店に顔を出すようになった。
「お父さん、やっちゃん、いる?」
「どうした、恭子」
「うん、ちょっと絵を見てもらおうかなと思って」
「おいおい、ヤスは仕事中だぞ」
「あら、そうですか。申し訳ごさいませんです。で、やっちゃんは?」
「口の減らないやつだな。おーい!ヤス。恭子がお前に用事があるらしい。ちょいと、来てくれ」
ヤスが厨房から出てきた。
「はい…何でしょうか?お嬢さん」
「うん、ちょっとこの絵…どうかな?」
「はい。いいんじゃないですか?」
「あのね。真面目に聞いているのよ」
ヤスはにがりきってしまった。早く魚を捌かないと開店に遅れてしう。