俺がその不思議な店に入ると、入り口で怪しげな女の人が座っていた。 「なあに坊や」 彼女はだるそうに首をもたげた。アイラインのキツイ目が前髪の隙間から覗く。左肩から右胸にかけて、黒い蛇のタトゥが巻き付き、こちらを睨んでいた。
「何がお望み?」
「…別に」
「こんなとこ来ちゃダメよ」伏し目がちに彼女は煙草の白煙を吹いた。ピアスだらけの耳に目が釣られた。 「嫌なことは忘れられるって聞いたんだ」
「誰から?」
「友達」
「ふぅん」 さして興味もなさそうに彼女は足を組み替える。 「やめたほうがいいわ」
「なんでだよ」
「あんたには必要ないもの」「俺の勝手だろ?」
「帰んな坊や」 軽くあしらわれているのを露骨に感じて、俺は腹が立った。 「金なら持ってる」 「そういう次元じゃないの」「ふざけんなよ!」
「ふざけてなんかないわ」 彼女は天井にゆらゆら浮かぶ白濁を見つめながら、どこか虚ろに、そして俺を見た。 「家へ帰りな。帰れなくなる前にね」
彼女の肌に刻まれた、あの大蛇の凍てつくような視線を俺は忘れられない。