四月になっても、山深い峠道には、所々残雪がある。
日が射していても、吹く風は冷たい。
そんな風に吹かれながら、旅姿の若い侍が現われた。先を見ると、商人風の中年男が一人、道端の丸太に腰掛け一服している。
若者は会釈をすると、その隣に少し間をあけて、腰掛けた。
お互い山の下や遠くの山頂を眺めていたが、時間が経つと、少しずつ会話が成り立ってきた。
軽い会話の途中、中年男が若者の近くに座り直し、打ち明け話を始めてから様相は一変した。
自分が金持ちになれたのには、訳があるというのだ。二十年前に丁度こうやって、隣り合わせになった旅人と打ち解けて話している内、相手が大金を持っていることが分かり、相手を安心させ山の中に誘い込み、そこで殺し大金を奪い、それを元手に商売を始め、今は金持ちと言われるまでになったというのだ。
若者は興味深く聞いていたが、突然顔色が変わると、刀を抜き、相手の喉元に突き付け、言った。
「日時も場所も一致した。それこそは俺の父上だ、俺が五歳の春、旅に出たまま帰らなかった。貴様が下手人だったのか。」
それに対して、その中年男は無気力な目をして言った。
「殺してくれ。実は、あれから俺も子供が出来て、お前の父が、五歳の子供の事が心残りだ、金はやるから殺さないでくれ、と必死に哀願した姿が幾度となく思い起こされて、耐えきれなくなってきていた。先程、お前と話をしていて、あの時哀願していた目は、この目と同じだったと確信した。今白状して仇を討たせよう。これで楽になれると思ったのだ。」
黙って聞いていた若者は、刀を鞘に戻すと言った。
「お前にも、待っている妻や子供がいるんだろう。俺はお前とは違う。命はとらない。帰れ。そうして、一生苦しむがよい。」
暫くして、中年男が頭を上げると、侍の姿はどこにもなかった。
さやさやと、木の葉が風に吹かれる音だけが、静かに鳴り響いていた。