座敷わらし?
深夜になった。
澁澤宿の周りは高い木々に囲まれており都会では味わえない真の闇があった。
人の造り出す光が全くない、隣に誰がいるのかわからない。澁澤宿はその闇の中ポツンと立っている。
まるで時代から取り除かれたかのように…
由良は旅館の周りをうろついていた。
食事も済ませ、温泉にも浸かってきた。弥生子についてくるように勧めたのだが「温泉に入るんで邪魔しないでください」と一蹴された。
「全く…弥生子くんはわかってないな〜そんなんじゃ座敷わらしに会えないじゃないか…」
そんな独り言を呟きながら由良の足は自然と「人喰い柳」へ向かっていた。
旅館の裏には巨大な柳が立っていた。話で聞いていたものよりも威圧感を感じる。柳の葉の一つ一つが闇に紛れ、妖しい雰囲気を醸し出していた。
由良は言葉を失い、柳を見上げた。
「どうか…しましたか?」
不意に柳から声が聞こえた。由良が驚き目を凝らすと根元の所に人が立っていた。
「あなたは…」
それは道中で会った奇妙な男だった。
「あなたもここに泊まっていたんですか…」
男は静かに頷く。整った顔が闇に輝いていた。
「自己紹介が遅れましたね…私の名前はつばめです」
「はぁ…僕は由良和明って言います。大学で民族学の教授をしてます」
つばめと名乗る男が微笑む。彼は柳を見上げ言った。
「あの時…あなたは妖の話をしておられましたね…あなたにとって…妖とはなんですか?」
つばめの問いに由良が答える。
「僕は妖怪のことを隣人だと考えています。近くにいるけど決して近寄れない存在…それが妖怪だと思います」
由良は何故か素直に喋った。そうしなければいけない気がしたからだ。
「…素敵な考えです。一つ私の考えも聞いていただけますか?」
由良は頷いた。
「妖は…想いです。人が想うから妖は存在するのです。何かを恐れる気持ちや望みからそれは生まれます…人が想うから妖は形を理を得るのです」
つばめは言葉を切った。