狐の面

がき  2007-08-06投稿
閲覧数[243] 良い投票[0] 悪い投票[0]

 大きな運動場を会場にして今年の祭りは開催された。陸上で言うところのトラックに当たる部分の外側に沿うようにして屋台が立ち並び、その中心には矢倉が建てられて、後の盆踊りの準備やその他の雑務に追われて若者がせわしなく立ち働いている。トラック上では老若男女がひっきりなしに往来し、私はただ前に進むのにも大いに苦労した。
 そんな中、人ごみをまるで魔法のようにするすると通り抜けて来る人影がある。遠くからでも良く分かったのは、その人が今時珍しい狐の面をかぶっていたからだろう。
 何だか妙に気味が悪く感じた私は、早々にその場を離れようとくるりときびすを返した。そうして我が目を疑った。
 そこには狐が立っていた。

 正確には、狐の面をかぶった女性が立っていたと言うべきか。どちらにせよその時の私の驚きは筆舌に尽くしがたい。私はしばらくその場に固まってしまって、道行く人に何度か肩をぶつけられてようやく正気を取り戻した。

 初めのうちは私のことをよく知る女性の悪戯か何かかと思っていたが、彼女が面を外した時にそうではないと分かった。彼女がゆっくりと面を外すと、私の知らない顔があった。橙色の灯りに照らされて、その顔には何だか今にも消えてしまいそうな儚い印象があったが、じっと私を見据える目には精神的な力強ささえ感じる。時折浮かべる微笑にはどこか私をからかっているような感じもあった。

 彼女は突然私の手を取って人ごみの中を走り抜けた。つられて私も走り出したが、不思議なことに彼女の後をついて行くと全く人にぶつからない。歩くのさえ困難であった先程と比べると嘘のようである。まるで自分が幽霊にでもなったかのような気分になった。

 彼女はあちこちの屋台の前で立ち止まり、私に催促した。私はその度にりんご飴やわたあめを彼女と一緒に分け合って、そうしてふくふくと笑い合った。
 普段の私ならまずこんなことはしない。そもそもこうして彼女の後について行くことなどしないはずである。最初に狐の面をかぶって私の目の前に現れた時点で、変わった人だと断じて無視して通り過ぎていたはずである。しかしその日の私はどこかおかしかった。何だかお酒に酔った時の気持ち良さだけを味わっているような、ふわふわとした感覚だった。

i-mobile
i-mobile

投票

良い投票 悪い投票

感想投稿



感想


「 がき 」さんの小説

もっと見る

ファンタジーの新着小説

もっと見る

[PR]


▲ページトップ