井上は、合併症で癌も患っていたらしい。
それも悪性の…。
(何で、なにも言ってくれなかったんだよ…)
私は今、井上の葬儀に出ている。
周りは皆、涙していたけど。
まだ、実感がない。
井上が居なくなった事の―。
葬儀の後、井上のお母さんに呼び止められた。
井上がお母さん似だったんだと言う事を、本人がいなくなってから初めて知った。
「これ、あなたに貰って欲しいの」
そう言って差し出された、見慣れたスケッチブック。
「え…」
私は受け取るのを戸惑った。
すると井上のお母さんは泣き腫らした顔でやさしく微笑んだ。
「多分、尊も望んでると思うの。あなたに受け取って欲しいって」
(井上が…?)
私は頭を下げて受け取った。
やがて誰も居なくなった遺影の前でゆっくり、それを開く。
私が初めて見た、井上の完成された絵。
それをめくり、手を止めた。
「これ…」
『じゃあさ、私も描いてよ』
『バカ…』
これ…
私だ。
満面の笑みを浮かべてる。
下の方に、『裏も見ろよ』ってメモ書き見つけて、更にめくる。
そこには、
『ありがとな』
たった一言だけ綴られていた。