杉村はその姿を確認すると、やや歩みを緩めながらずり下がりかかったメガネを直して、目を凝らした。
もうすでに気温は零度を下回っているのであろう。息が白く大きな煙となって吐き出されていく。杉村が凝視している、その”誰か”も白い息を吐いているのが見える。
多少の気味の悪さもあり、杉村は車通りのないのを確認した上で反対側の歩道へ横断した。
横断したのには、もう一つ理由があり、道路の反対側から、この深夜のバス停に立っている”誰か”を正面から見る事ができるという事であった。
歩きながら少しずつ道路の反対側に立つ”誰か”が近くなってゆく。ちょうど立っている所が街灯の下にあるバス停という事もあり、雪の降る闇の中でも”彼”の姿はよく見る事ができた。
”彼”の姿を道路を挟んで斜め前方10メートルくらいの距離から見た感じは、結構大柄であろうか、少なくとも175cmはある杉村自身よりは背が高いように感じられた。しかしながら何より特徴的なのは非常に華奢というか、細い体の線をしている点であった。この気温の中、着衣は黒いパーカー風のトレーナー(であろうか?)一枚であり、異常に長くて細い足を黒っぽい細身のパンツに包んでいた。つまりここから見る限り”彼”は全身真っ黒の着衣に見えたのであった。
顔の部分はすっぽりとパーカーをかぶっており、しかもややうつむき加減なのでななめの位置からは全く見えなかったが、ほどなく、道を挟んだバス停の真正面あたりにまで来た所で”彼”の姿を正面から見る事ができた。
酒が入っていた事、又、職業柄一般人より若干大きいであろう好奇心がそうさせたのか、杉村は道路を挟んで、”彼”の正面の位置に立ち止まり、あからさまに”彼”を見た。
雪の降る真夜中の街頭に照らされたバス停にたたずむ、全身真っ黒の手足の長いその”彼”の姿は、杉村には季節外れの黒い蟷螂が雪の中に立っているように見えた。
多少、気味の悪さを感じ、再び歩みを始めたその時に”彼”はうつむいていた顔をゆっくりと上げ、杉村と目を合わせた。
目が合った瞬間、
杉村は”彼”の顔を見てしまった事を、後悔したのである。