ヤス#135
香織の運転で東へと向かった。車のカセットテープからハードロックが流れている。物静かな香織の趣味には思えない。
「このディープパープルは香織の趣味なの?」
「私のよ、やっちゃん。知ってるんだ、ディープパープル」
恭子が後部座席から、ヤスの首に手を回してきた。なるほど…と思う。恭子が後部座席に座りたがった理由わかった。恭子はなかなかの策士だった。
「それくらい知ってるよ。板前と言えば演歌というイメージは止してくれないかな。ま、ひばりは好きだけどね」
「あ、私もひばりちゃんは好きよ」
「香織はどんな音楽が好きなんだい?」
「私はジャズが好きなんです」
ヤスは再び納得した。どうやら、香織とは趣味があいそうだ。
だが、恭子の手前、平等に対応しなくてはいけない。自分がジャズを好きな事はあえて言わなかった。
「…そうなんだ。香織らしいね」
「そう?…キースが好きなの。キース・ジャレット。やっちゃん、知ってる?」
「…ゴメン。知らないよ」
「聞く?聞くなら貸してあげるけど…」
「ありがとう。貸して貰おうかな」
ヤスは驚いた。キースは死んだ母が愛したジャズ・ピアニストだ。